才能にまつわる話

大学の後輩たちの前で講義をしたことがある。後輩と言っても、すでに皆さん大学を卒業し、音楽教師や学校の講師をしている方々である。ハーモニーとアレンジの、実技をともなう講義だった。

 

講義の後、懇親会となった。その席で、一人の若い女性の教師が私に絡んできた。かなり酒が入っている様子で、目が座っている。彼女はこう言った。

「先生(私のこと)は才能があるから、私みたいな人間の悩みなんてわからないでしょうね。才能のない人間は本当に日々悩んで、苦労してるんです。だれでも先生みたいに上手くできないんです」

相手は若い女性。もちろん言い返したりはしなかったが、この言葉は少々こたえた。

明らかに今日の講義でも実力不足が目立っていた彼女であったが、とても大切なことを忘れている。

今まで私が費やしてきた勉強量や努力、涙や徹夜の日々、大学卒業後も作曲や指揮のレッスンに通ったその過程を彼女は、

「才能」

という一言で片づけた。

私は自分の「才能」などまるっきり信じていない。それどころかコンプレックスの固まりのようなやつである。そして私が出会ってきた、本当に素晴らしい音楽家の方々は総じて、「才能」というものを信じていなかった。血の滲むような努力の末に、自分の音楽家としての土台を築きあげてきた方々ばかりだ。

 「才能」というものがあるとすれば、それは「音楽の才能」などではなく、「反省し、謙虚に学ぶ才能」「感激し、感動し、感謝する才能」「持続し、探求し、努める才能」…などなど、やはり人間性の根本に関係するものではないだろうか。